FSW利用試作
モニター上の少女は元より寡黙とは言いがたがったが、この時の彼女は常になく多弁だった。
「ねえ、この世に神は実在すると思う?」
彼女の話はあちこちに飛ぶ。大まかには自分の世界と種族に関わる談話が多いが、このような形而上的な話題を持ち出すのも珍しい事ではない。
彼女の名前はヴィイ。自称人間の実在を追う電子生命。
――本当かどうかは分からない。今のところ彼女の姿はパソコンのモニターにしか現れず、ネットワークを経由する以外で彼女の話を聞く手段はないにしろ。
「最近色々な神話を調べてるんだけど、その中でおかしな神話がひとつあって……」
特徴のないごく普通の神話というのも想像しがたい、と私は思う。
けれどおかしな神話というのなら、心当たりはなくもない。
「主神アルセス、強く気高きセラテリス、黒衣の少女神マロゾロンド、そしてキュトスの71姉妹――この辺りが有名なキーワードだけど、知ってる?」
――ああ。やはり、
「そう、ゆらぎの神話。……知ってるのね。じゃあこの神話の主神アルセスの性格が、ちょっと引用元を変えるだけで全く別物になるのは知ってる?」
――それは、そんなに珍しい事かな? 神に関わる解釈が完全に統一されている神話の方が不気味だと思うけど。
「そうね。神話上の神々は名前を変え主を変え、時にはその身を悪魔と変えてまで生き残るものよ。
でも、これに関しては少し違った。あの神話はまるで矛盾する事そのものを目的としているように、相違する情報に埋め尽くされていた」
――力弱きながら純真な少年神アルセスが陰謀と残虐行為にまみれた黒幕になり、更には同性との愛に生きる男神になってしまう。
この奔放さは、一体どこから来るものかな。
「ヘンな話だけど……どうもゆらぎの神話は、遊びの色が強いというか……」
――信仰のにおいが薄い?
「そう、それ。……でも、ヘンだよね。明らかに人間の領域を越えた物語を扱うれっきとした神話なのに、信仰色が薄いだなんて」
――現代日本で北欧神話のアース神族を真面目に信仰している人間もいないだろうけど、そういう話じゃなくて?
「神話の発生段階で、既に信仰色は薄かった……と思う。神への畏怖というか、敬意というか、そういうものに欠けてる原典が多い気がする」
――で、民話などのように想像力のみによって作られたにしては、ゆらぎの神話は話のスケールが巨大すぎると。
「あくまで感じだけどね。スケールの大きな民話だって、あっておかしくないし。
……ああ、でもね。私はこう思うんだ。
ゆらぎの神話は、
――実在するものを見たとおりに時には分からない部分を想像力により埋めて記述した。
非常識だ、と笑い飛ばせはしないだろう。少なくとも、目の前のモニターの中の少女には。
「だとしたら、神の見方が違うのも当然よね。本当の神様を題材にした神話なんて、他にはひとつもないんだし」
――そしてそれは、実在するが故に偽者であるかもしれない。
多数の神、力ある淫らな神、
それは億をも越える信仰が作り出した、非在の神に敗北するかもしれない。
「けれどそれは、やっぱり実在するのかもしれない。
あるいは次元を渡り、電離を越えて、
ため息。
ヴィイの表情は疲れたような、恐れるような、焦がれるような。
「……ねえ、この世に神は実在すると思う?」
決定的な事は、私には何も言えない。
私にはあなたが実在しているかどうかすら分からないから。
そして、私は実在しないから。
私は実在しない。
私の名前はあやね。
私は実在しない。