青髪プリンセス:「次善策の姫」

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 フロワロ禍によって滅亡した亡国の姫。
 そこは海洋貿易と漁業をメインに利鞘を稼ぐ「港の国」と呼ばれていたが、フロワロに埋め尽くされた海を前にその国の経済はあっさりと破綻した。
 末期には王室自らがフロワロを精製した麻薬の売買に走り、各国からの非難を一身に受けた事で知られている。
 だがその麻薬を精製し売買を提案したのがプリンセスその人である事は、ごく少数の者にしか知られていない。


 実はプリンセスは少々変わり者だった。
 そう言っていいならば気が触れていた。
 詩的に言うならば、パンでは満たされない胃を抱えていた。
 端的に言うならばカニバリスト(人肉嗜好者)だった。


 プリンセス本人には自分が人肉を好む生物であるという自覚はなかった。
 ただ幼少の頃より、大好きな葡萄のジュースも、母親がわざわざ手ずから作ってくれた白身魚のシチューも、どこか心を満たさないという寂しさだけを抱えていた。
 贅沢三昧の身分を活かしてみても、心の底から満足できる食料には出会えない。
 ならばと酒、さらに麻薬に手を出す。どちらも切れた後には頭痛とむなしさしか残らないけれど、心がとろける快感は享受できた。


 プリンセスは余人の言に動じない強い意志を持っていた。
 見方を変えて言うなら、余人の言に動じない強い意志しか持っていなかった。
 何のためらいもなく酒に手を出したあたりでプリンセスに注がれる視線は冷たくなり、麻薬の段で汚物を見るような視線を注がれるようになったが、プリンセス本人はほとんど気にしない。
 ただ自分の国も生活も石に変えてしまうフロワロの脅威は、さすがにプリンセスも理解できた。
 必要なのは現実的な処方だ。それも竜たちとの戦いは皆が十分に考えていてくれるだろう、とプリンセスは思う。
 必要なのは戦いに関わらない考えだ。竜に負けた時、国がフロワロに埋められた時のための、次善の策。
 おろしたてのドレスも瞬く間に潮臭くしてしまう母なる海。自分が生まれる遙か前から存在した海が「壊れて」しまう事など、およそ考えにくい。
 でもそれはあり得る事だし、そうなればこの国は「壊れる」。

 ならば壊れた国に住む人のために、何かできる事を。
 一度壊れた国は、もうそれ以上壊れないのだから。


 フロワロ麻薬の専売で一時的な資金を稼ごう、という考えはそのまま王に伝わった。
 なにしろ国は、現に竜に負けていたのだから。
 国は専売により国庫を潤し、その全てを吐き出す勢いで自国から隣国への移住を支援した。
 その国からの移民は麻薬の移民、密売者の集まりとそしられる――が、自国のフロワロ網から抜け出る事すら出来ずに死んだ者の数は、他の国に比べれば少なかったと言える。


 それでもプリンセスは満足できなかった。
 やはり麻薬も彼女の胃の腑は満たせない。
 人間花を食っては生きられないし、「壊れた」国に住み続ける事も出来ない。
 彼女は自分自身のその後の身の振り方を考えたかった。
 だがその前に彼女の父親、つまり国王は親衛隊の一部と共に謎の失踪を遂げる。
 移民計画の終了段階で失踪した王は、ただ「責任を取る」という書き置きだけを残していた。


 ……父上は、みずから竜を倒しに行ったのね。
 しかしそれがプリンセスの直感だった。
 それが一国の王として、最善の責任の取り方なのだろうか?
 そんな疑問と父を慕う衝動を合わせて、プリンセスもまたお供を伴い竜の巣窟に向かう。
 辿り着いたのは一匹の竜と相打ちになった、数体の人間の死体だった。


 それも次善策だ。
 魔法の乱打によってこんがりと焼けていた竜の肉体に、プリンセスはふらふらと吸い寄せられる。
 削げた肉体のかけら、レアとミディアムの境界の部分に、気付いたら彼女はかぶりついていた。
 そうして美味しい、と心から思う。
 竜の肉は彼女の胃を満たし、竜の脂は彼女の心を満たす。
 人間の肉でしか心を満たせないはずのプリンセスは、竜の肉を喰らう事で心を満たしたのだ。
 腹が破裂するほどに竜を食った後、彼女は王と親衛隊の死体を城まで持ち帰り、丁重に弔った。
 お供たちにも手伝わせる。その頃にはプリンセスのお供は彼女を動くフロワロか、喋る竜を見るような目で見ていたが。
 ……あたりまえね。父上の死体を差し置いて、ドレスを血染めに竜にかぶりついたのだから。
 すべてが終わった後、彼女はひとりきりで泣いた。
 自分が人肉を好む生物であると、父の死体を見た時、ようやく彼女は自覚していた。
 それを踏まえた上での、これが彼女の次善策だった。


 自分は気が触れている、とプリンセスは思う。
 自分には人が嫌悪するものが何か分からない。
 人が醜いと思うものが何か分からない。
 ならばせめて自分には最善の策を編み出す知性があればいいのに、結果生み出したものは虐げられる国民と麻薬の中毒者の群れだ。
 ……母上と共に、このまま静かに暮らすべきだろうか?
 彼女は考える。自分が母からどう思われているのかもう良く分からないが、このまま別の国に保護され、静かに暮らす事くらいはできるだろうか?
 だがそれも無理だ、と本能が否定する。
 他国が自分たちを受け入れるとは限らないし、母が自分を受け入れるとは限らないし、何より自分の胃の腑が、そんな生活を受け入れられない。
 もっと醜いものがなければ生きていけないと、身体が悲鳴をあげている。


 そうしてプリンセスは了解した。
 自分はハントマンとなり、竜を打ち倒さなければ生きていけない。
 自分には剣を振るう腕力もない。だから腕力のある者を探し、せいいっぱいかしづこう。
 自分には炎を燃やす魔法がない。だから魔法のある者を探し、せいいっぱいかしづこう。
 自分には傷を癒す優しさがない。だから優しさのある者を探し、せいいっぱいかしづこう。
 自分には何もない。だからこの身体と、この魂だけは、一生懸命に使ってみよう。
 自分はいつも守られていた。だから、これからも守られよう。
 けれど今度は、自分に守られるだけの価値がある事を示したい。


 以後ある地でプリンセスの噂がささやかれるようになる。
 ドレスをまとい、王冠をかぶって旅をするハントマン。
 まるで夜の海のような髪色と、凪いだ海のような瞳。
 目も表情も醒めきっているのに、仲間には姫どころか召使いのように従順だという。
 彼女の多弁さは、時に本質を突いた助言となる事もあるという。
 そして時に醒めた目のまま、言い慣れない冗談を言う口調で彼女は言うのだ。
「全ての竜を食べましょう」と。